『啄木鳥探偵處』10話感想 京助の見返りを求めない友情に感動

3.5

『啄木鳥探偵處』第10話「幾山河」感想です。

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前回あらすじ

環の監視者を捜すため、屋根裏を捜索。そこで何者かが侵入した跡と鑑の弟のシャツのボタンを発見する。ある日、鑑の家に幽霊騒ぎがあると太郎に教わり、鑑の家に行くと、物乞いが住み着いていた。物乞いは鑑の死の直後にボタンの取れたシャツを確認していた。そんな中、三郎が川に転落させられるという事件が発生。環は弟の犯行だと証言したが、啄木はボタンの矛盾から虚言と見抜き、真犯人は環だと指摘した。鑑の事件は三郎を告発するための自殺であった。三郎は慈善事業を隠れ蓑にして子供の売買に手を染めていたのだ。環は三郎を道連れにしようと襲いかかるが、逆に返り討ちに遭ってしまうのだった。

10話あらすじ

環の死が追い討ちをかけ、啄木はさらに床に臥って、やつれてしまった。加世の叱咤を受けて、啄木は金を稼ぐために、森田草平の『煤煙』を参考に、環との物語を小説にしようと執筆を始める。

さらに心を入れ替えたように友人からの借金を返金し始める。ところが、それも束の間、小説の舞台である出雲の取材と称して、京助から五円を借りるも全て遊興に使ってしまう。その様子を朔太郎と勇に見咎められ、友人を蔑ろにする啄木に堪忍袋の緒が切れ、啄木を殴る。

啄木は自暴自棄になって、自傷行為を行なったり、京助の育てていた三色菫の鉢を割ったりする。そして、牧水の「幾山河」の短歌に焚きつけられ、自殺をしようと、故郷である盛岡に向かった。

そこに現れたのは京助だった。京助は無償の愛で啄木を優しく受け止め、自殺だけはダメだと諭すように話した。京助の愛に感銘を受けた啄木は涙を流した。

京助の無償の愛

途中までは主人公である啄木の高くもない好感度がさらに下がっていった。愛する人を失って、さらにその殺人犯は正当防衛として裁かれず、啄木自身は衰弱していく状況で、恐慌に陥り、自暴自棄になってしまうのはすごく気持ちは分かる。分かるのだが、やっぱり見ていて気分のいいものではない。特に、京助にもらったお金を遊郭で散財していたシーンは、勇や朔太郎でなくても腹が立った。勇が殴ってくれて、見ている側もスッキリした人が多いんじゃないだろうか。

中盤までは直視するのも辛かったけど、最後の京助の啄木に対する無償の愛には不覚にも少し感動してしまった。友人関係はどうしても利害関係で付き合ってしまうことが多いと思うけど、何をされても無条件で許すというような圧倒的な慈愛は尊い。私には絶対無理だと思うけど。私なら最初に金を無心された時点で縁を切りそうだ。

史実の啄木が実際に自殺未遂を繰り返したかというのは私は知らないのだが、啄木は薬を買うお金にも困窮していたという話なので、自ら命を絶つということは考えていなかったのではないか。ちなみに史実では啄木の妻の節子も同時期に苦しめられていた。アニメでは(女性向けというのもあるかもしれないが)妻の存在は一切が消去されている。京助との友情にフィーチャーさせるためかもしれない。

ちなみに啄木は元々小説家を志して何度も挫折している。小説の作品も残されている。今回は夏目漱石が登場していたが、実際に漱石との交流もあったようだ。啄木の小説の評価は高くなく、作中でも漱石に(本音では)良い評価は得られていなかった。啄木が作中で参考にした森田草平の『煤煙』は自身の心中未遂事件を小説にしたもので、漱石のアドバイスによって出版された。

あと何気に勇と朔太郎の友情もいいなと思った。朔太郎が「(友人は)僕がいる」と言って、勇が頬を赤らめるシーン。恋愛にしろ友情にしろ、こういう何気ない感じで告白するのって憧れるなあ。京助と啄木の友情はちょっと超人的すぎて気遅れするけど、勇と朔太郎くらいの人間味のある関係には共感できる。

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